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 粗野であった武士が公家に代わって台頭し、国を治めるようになると、自らの欠点を悟り、我が身を磨き、円満な人格を得、文化的にも向上する必要があることを感じ始めます。  「武」とは本来「殺すことを止める」という意味で、古代中国の兵法書「孫子」にあるように、徳の高い指導者が武力ではなくその徳の力で世を治めるのを理想とする、という考え方です。
  禅を精神的背景として持つ茶道・香道は、武士が日常の生活の中で自分を磨き、また、慰安の手段として行うには好適なものであったといえるでしょう。

 

 

 茶道が武士、大名の間で普く広まった最大の功労者は織田信長ではないでしょうか。信長は政治の実権を握った後、堺に対し「名物狩り」を行い、それら名物茶道具を軍功を立てた武将に分け与えます。
茶の湯を許可制にした「茶の湯御政道」は、茶の湯を武家儀礼の場とし、功労の証、ステイタスとなる。従って信長の武将たちは城一国よりも茶道具を望んだといわれています。

千利休

 信長の死後、天下人となった秀吉の茶頭となり、天下の茶道指南となった。千利休は禅の修行で得た悟りを元に茶道に深い宇宙観を現したといわれています。

 

 

 仏教伝来以降、仏様にお供えする供花が日本でも定着し、「たて花」と呼ばれるものになりました。室町時代の終わり頃から戦国時代にかけて、貴族や武士を中心に茶の湯が流行しました。これにともなって茶の湯を楽しむための数寄屋建築が誕生し、その小さな床の間には小座敷の花、「いけはな」が飾られます。


 

 お香は飛鳥時代、仏教とともに伝来し、仏教儀式に欠かせないものでした。やがて平安時代の貴族の間では暮らしの中で香りを楽しむようになります。そして戦国時代には貴族階級から上級武士階級の間にも広まり「茶」とともに愛好されました。

 

 

 

 

  

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